はじめに:開業時に「手続き」が不安なあなたへ
開業を思い立ったとき、多くの人が最初に感じるのは「何から着手すれば良いのか分からない」という不安です。税務署への届出や法務局での登記など、やるべきことは多岐にわたります。しかも、個人事業主と法人では必要書類や手続きの流れが異なるため、インターネット上の情報を集めても“自分に必要なもの”が判然としないケースは少なくありません。
しかし実際は、押さえるべきポイントと手順を理解すれば、開業手続きは決して複雑ではありません。本記事では、個人事業主・法人それぞれの手続きを体系的に整理し、比較しながら解説します。読み終えた後には「次に何をすればいいのか」が明確になるはずです。
まずは決めよう:個人事業主と法人、どっちがいい?
開業形態の選択は、事業の方向性を左右する最初の意思決定です。以下のメリット・デメリットと判断基準を踏まえて選択しましょう。
個人事業主 | 法人 | |
主なメリット | ・設立費用ゼロ、手続きがシンプル・確定申告も比較的容易 | ・社会的信用が高い・資金調達しやすい・節税策が豊富 |
主なデメリット | ・社会的信用が限定的・節税手段が少ない | ・設立費用・維持費がかかる・事務負担が増える |
見込み年商ごとの「法人化を検討しやすい4つのタイミング」
これから法人化を検討する際に「売上規模をひとつの物差しにすると、どの段階で何を考え始めるべきか」を整理した早見ガイドです。年商 500 万円・800〜900 万円・1,000 万円・1,800 万円という4つの節目を取り上げ、税率・消費税・固定コスト・信用力といった観点から“検討を始めるタイミング”を提示します。ただし、利益率や社会保険料設計、取引先の要請など個別事情で最適解は前後するため、あくまで目安としてお役立てください。
タイミングの目安 | 検討のポイント | 主な着眼点・制度根拠 |
① 年商 500 万円未満 | 個人事業主でスタート | – 設立費用・決算コスト・社会保険料の固定負担が、節税メリットを上回りやすい水準。 |
② 年商 800〜900 万円前後 | 節税シミュレーション開始 | – 所得税は課税所得900 万円超で33%帯に上昇(国税庁速算表)。- 法人税は年800 万円以下の所得部分に軽減税率15%が適用されるため、利益率が高い業態では法人の方が税率面で有利になるケースが増える。 |
③ 年商 1,000 万円超 | 消費税を軸に本格検討 | – 個人事業主は基準期間(2期前)の課税売上高が1,000 万円を超えると2年後から課税事業者。- 資本金1,000 万円未満で法人を設立すれば、基準期間がリセットされ最長2期は原則免税(特定期間要件を満たさない場合)。 |
④ 年商 1,800 万円超 | 早めの法人化を強く検討 | – 課税所得1,800 万円超部分の所得税率は40%に到達。- 法人の実効税率は800 万円超部分でも23.2%程度で頭打ち。高収益体質なら税率差が決定的。 |

【共通】開業前後に必要な準備リスト
①屋号・事業内容の決定
・屋号(商号)は覚えやすさ・業種との関連性を重視。将来の事業拡張を見据え、余裕を持たせた表現がベター。
②事業場所の確保 & 契約確認
・自宅開業でも賃貸契約が「事業用途可」か要チェック。店舗の場合は内装工事・保証金を含めた資金計画を。
③銀行口座・印鑑の準備
・個人事業でもプライベートと分離した専用口座を。法人は実印・銀行印・角印を作成し、法人口座開設へ。
④資金調達(創業融資等)の事前準備
・日本政策金融公庫の創業融資や自治体の制度融資を活用するなら、開業届提出・登記完了の前後で準備開始が鉄則。事業計画書・資金繰り表・自己資金の裏付け資料を早期に用意する。
資金調達方法につきましては、以下の記事をご参照ください

【個人事業主編】開業時の具体的な手続き
手続き | 提出先 | 期限・ポイント |
個人事業の開業・廃業等届出書 | 税務署 | 開業日から1か月以内 |
青色申告承認申請書 | 税務署 | 開業日から2か月以内 ※最大65万円控除 |
屋号口座開設 | 銀行 | 本人確認書類+開業届控えが一般的 |
各種許認可 | 保健所・警察署など | 飲食業・古物商・美容業ほか業種別 |
ワンポイント
屋号は必須ではありませんが、請求書・口座名義をビジネス名で統一できるため信用力向上に寄与します。
【法人編】会社設立に必要なステップと手続き
ステップ | 主な手続き | キー項目 / ポイント | 期限・備考 |
① 定款作成・認証(公証役場) | – 会社の根本ルール「定款」を作成し、公証人の認証を受ける | – 電子定款なら収入印紙代4万円を節約 | 申請は平日 9:00–17:00 が一般的 |
② 設立登記(法務局) | – 資本金払込み後、必要書類を添付して登記申請- 会社実印・印鑑証明も同時取得 | – 登記を申請した日(登記申請日)が会社設立日とみなされる | 申請日を創業日として各種書類に記載される |
③ 税務署・自治体への届出 | – 法人設立届出書- 青色申告承認申請書- 給与支払事務所等開設届 ほか | – 国税分の提出期限:設立後原則2か月以内– 青色申告承認申請書は「設立3 か月以内」または「第1期終了日の前日」いずれか早い日まで– 都道府県・市区町村への設立届出も必要 | 期限超過は罰則こそないが青色申告の初年度適用を逃す恐れあり |
④ 社会保険・労働保険 | – 健康保険・厚生年金:役員1名でも報酬を受け取る場合は強制加入– 雇用保険:労働者(雇用契約者)がいなければ不要- 労災保険:役員は原則対象外だが**「特別加入制度(任意)」**で補償を受けられる | – 報酬ゼロの役員のみの場合は厚生年金・健保適用外のケースあり- 労災特別加入は労働保険事務組合経由が一般的。建設業など高リスク業種で推奨 | 社会保険は設立後5日以内に年金事務所へ「新規適用届」を提出するのが目安 |

注意すべきポイント・よくあるミス
①届出の期限超過
・青色申告は「開業後2か月以内」。遅れると初年度の節税メリットを失う。
(補足)青色申告と白色申告の主な違い
区分 | 青色申告 | 白色申告 |
届出 | 事前に「青色申告承認申請書」を提出(開業から2か月以内など) | 届出不要 |
記帳方式 | 複式簿記が原則(簡易簿記でも可) | 単式簿記で可(※2014年以降は白色でも帳簿保存義務あり) |
主なメリット | – 最大 65万円(電子申告等の場合)/55万円(紙申告) の特別控除- 赤字の3年間繰越控除- 家族専従者給与の全額経費算入等 | 特別控除なし。赤字の繰越も不可 |
デメリット | ・帳簿付けがやや複雑・承認申請を期限までに提出しないと初年度は適用不可 | ・節税メリットが限定的 |
②許認可の漏れ
・無許可営業は行政処分や罰金のリスク。事前に各自治体・主管庁へ確認必須。
③融資タイミングの誤り
・一部の創業期に使える融資は「開業〇〇年以内」と要件があることが一般的。資金繰り表を作成し、早期に金融機関へ相談を。
④印鑑・口座準備の後手化
・取引開始や請求書発行が遅れ、売上計上がずれ込む原因に。
【まとめ】準備の質が、創業後の安心感と持続力を決める

①開業形態(個人/法人)を決定
②必要手続きをチェックリスト化し、逆算スケジュールを設定
③資金調達・許認可は“早め着手”が鉄則
④専門家の活用
・税理士:税務・記帳方法の選択肢提示
・社会保険労務士:労務手続きの丸ごと代行
・中小企業診断士:事業計画・資金調達のブラッシュアップ
開業は夢の実現に向けた大きな一歩ですが、現実的には多くの手続きが伴います。これらを後回しにすると、資金繰りの失敗や申告漏れなど、思わぬリスクを招くことになりかねません。
まずは「個人」か「法人」か、自分に合った形態を選ぶところから始めましょう。その上で、やるべきことをリストアップし、スケジュールを立てて一つずつ進めていくことが重要です。
また、資金調達や税務、許認可に関しては専門的な知識も必要になります。不安な場合は、税理士や中小企業診断士などの専門家に相談することで、スムーズな開業が可能になります。
スピーディかつ抜け漏れのない開業のために、本記事を活用して、あなたのビジネスを安心してスタートさせてください。